2017年12月3日日曜日

不条理いつまで

《不条理いつまで》〈琉球新報2017年12月2日 25面〉
【元軍属に無期懲役】
県民に大きな衝撃を与えた米軍属女性暴行殺人事件。11月16日に始まった裁判員裁判で殺人や強姦致死などの罪に問われた元米海兵隊員で事件当時軍属のケネス・フランクリン・シンザト(旧姓ガドソン)被告(33)に那覇地裁は求刑通り無期懲役を言い渡した。事件は県民大会開催に発展するなど県民の反基地感情を高めた。米軍関係者の事件事故が繰り返されるたびに、県民は日米地位協定の見直しを訴え続けてきたが、県民が求める抜本的な改正にはつながっていない。

【苦しみ消えない】県民にやりきれなさ
無期懲役の判決を受け、県民からは遺族を気遣うとともに、米軍基地が集中し日本の安全保障の負担を負わされ続けてる沖縄の現状を日本政府や日本人に重く受け止めてほしいといった切実な声が上がった。
事件に抗議する昨年の県民大会で登壇したオール沖縄会議共同代表の玉城愛さん(23)は法廷で判決を傍聴した。「両親が望んでいた死刑が判決に反映されてほしいと思っていた。被害者女性の母親の姿や鳴き声が帰る途中も忘れられなかった」。自分と同じ世代の娘を失った両親の姿を目の当たりにし、事件の重さが胸に突き刺さり、やり場のない悲しみ、悔しさが渦巻いた。
事件後、玉城さんは多くの女性たちから「自分も暴行された」と打ち明けられたという。沖縄が抱える現実がそこにはあった。「黙っていては駄目だ。声を上げ続けなければならない」と力を込めた。
米軍人・軍属による事件被害者の会元事務局長の村上有慶さん(67)は「米軍は『事件を減らすよう努力してる』と言うが、事件は起こっている」と話し、米軍兵士の変わらない占領意識が事件の背景にあると指摘した。
裁判の行方に注目していたタクシー運転手の我喜屋さん(67)は「無期懲役は駄目。恩赦がおりたら出てくるかもしれない」と仮釈放への懸念を示した。
「一生消えない悲しみ、苦しみを背負った遺族の気持ちを考えたらやりきれない」と目を伏せた。

【主張認められた】 那覇地検次席検事
無期懲役が言い渡された判決について、那覇地裁の白井智之次席検事は「検察の主張・立証がおおむね認められたものと考えている」とコメントを発表した。また、裁判員については「ご尽力に心から敬意を表したい」と述べた。

【落胆している】被告の主任弁護人
ケネス被告の主任弁護人の高江洲歳満弁護士は、殺意が認められたことについて「被告人は落胆してるかと思う」と述べた。控訴については「被告人の意思を確認して決める」とした。

【反基地感情高まる】県民大会に65000人
『事件の経緯』

判決や検察の冒頭陳述などによると、被害女性は2016年4月28日夜、ウォーキングに出た後、行方不明になった。ケネス被告は同日午後10時頃、女性を襲い殺害した後、恩納村の道路沿いの雑木林に遺体を遺棄した。現場近くの防犯カメラからケネス被告が容疑者として浮上し、自供により殺人事件と判明した。供述から同年5月19日に遺体が見つかった。
捜査関係者らは「直接の影響はなかった」としているが、ケネス被告は米軍基地内に証拠品を投棄するなど日米地位協定が捜査の足かせとなる可能性もあり、県民から協定改定を求める声が上がった。
16年6月19日には被害者を追悼し在沖海兵隊の撤退を求める県民大会が那覇市で開かれた。集まった65000人(主催者発表)が事件に抗議し、怒りの声を上げた。同年5月26日には県議会が遺族への謝罪と完全な補償、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設断念や、初めて在沖米海兵隊の撤退も求めた抗議決議と意見書を全会一致で可決した。県民の怒りを受け、16年7月5日、日米両政府は軍属の適用範囲縮小に合意し、17年1月16日に日米地位協定の補足協定を締結した。

【地位協定、解決阻む】抜本見直し進展なし
『基地の現状』
沖縄に集中する在日米軍専用施設は面積の割合で70.4%を占め、米軍基地の過重な負担が続いている。特に米海兵隊の施設が75.7%と多くを占める。本土に駐留していた米軍が地元住民の反対運動を受け、1956年に沖縄に移転するなどし、現在のような過密な状態となった。
米軍基地が集中する沖縄では米軍関係者の事件事故が多発している。しかし、米軍人や米軍属に対し日本の法律の適用を除外する特権的地位を与える日米地位協定が事件事故の解決を阻んで来た。特権的地位が米軍犯罪の温床となってるとの見方もある。
地位協定第17条は公務中の事件事故、原則的に米側に第1次裁判権があると定める。公務外でも容疑者の身柄が米側にある場合、起訴するまで米側が拘束する。
1995年の米兵による少女乱暴事件は米側が容疑者の身柄引き渡しを拒否し、県民の反発がさらに高まった。同年、日米両政府は殺人などの重大犯罪は米側が身柄引き渡しに「好意的な配慮を払う」という運用改善で合意した。ただ「好意的配慮」の実施は米側の裁量次第となっている。
その後も米軍関係者による事件事故が繰り返されてきたが、米側の反発が強く県民が求める日米地位協定の抜本的見直しは進展していないのが現状だ。

【復帰から45年】凶悪犯576件に
『米軍関係事件』
沖縄戦後、米統治下となり、1972年の日本復帰後も広大な米軍基地が残った沖縄では、米軍関係者による事件事故が繰り返されてきた。殺人など凶悪犯だけでも復帰後から2016年末まで576件、743人の米軍人・軍属とその家族が摘発されている。県民は発生のたびに抗議の声を上げてきたが、今も悲惨な事件事故が繰り返されている。
1955年、6歳の女児が遺体で発見された。「由美子ちゃん事件」では、米軍は軍曹を容疑者として逮捕した。事件直後も本島中部で米軍人による暴行事件が相次ぎ、治外法権的な米軍人らの特権を是正するよう求める声が高まった。
63年、信号を無視した米軍トラックが中学1年生の男子生徒をはねて即死させた「国場君れき殺事件」では、運転していた米兵が軍法会議で、無罪になった。県民の怒りが高まり、無罪に抗議する県民大会も開かれた。
県民の人権が軽視される状況は、日本復帰後も続いている。復帰後、米兵または元米兵による民間人の殺害事件は13件発生している。
性犯罪もなくならない。95年、沖縄本島北部で米軍人3人が少女に乱暴する事件が発生した。許しがたい事件への抗議に85000人(主催者発表)が集まり、米軍基地の整理縮小や米軍犯罪の再発防止を求めた。
2012年10月、米本土の基地に所属する海軍兵2人が、県内の女性に性的暴行を加えて逮捕された。那覇地裁の裁判員裁判で、2人に懲役10年と同9年の刑が言い渡された。事件直後に国外へ移動する予定だった2人は「捕まらないと安易な気持ちで犯行に及んだ」とした。日米地位協定で認められた「特権」が事件の背景にあるという指摘も出た。
【全容解明に至らず】識者談話 本庄武氏
量刑理由の部分に「同種事案の量刑傾向を確認した上で被告人に科すべき刑について検討した」とある。これは沖縄で米軍関係者が起こした事件であることや、被告人が黙秘権行使を続けたことを県民が批判的に見ていることなどを考慮せずに出した判決と強調しているように思える。
その点では弁護人の希望通りになったはずだが、被告人とって有利な事情が出てくることもなくなったと感じた。被告人は犯行に武器のようものを使用している。事件の背景には被告が米軍で置かれていた特殊な環境がある可能性もあった。社会が求めてる事件の全容解明にも至っていない。
事実認定では自白に基づいた部分が多かった。乱暴しようと思ったのになぜナイフで刺したのか。遺体も白骨化し、死因なども分からない中、事実認定は難しい点が多かったはずだ。本当に自白通りの事件だったかを検証することは不可能だ。裁判所も本当に何があったのかが分からない中、書いた判決文だと感じた。

【悲劇また起こり得る】佐藤学 沖国大教授の話
殺人罪成立を認めたのは当然の判断だ。被告は元海兵隊員で、どんな暴行を加えれば何が起こるかを理解しているはずだ。沖縄では本土復帰の前後を通じて米兵や軍属による性的暴行が多く起きた。一方で、性的被害の実態はなかなか表に出てこない。今回の事件は県民の記憶を呼び起こし、大きな衝撃を与えた。たくさんの米兵が駐留する沖縄では、同様の悲劇がまた必ず起こるだろう。米軍は海兵隊を沖縄から撤退させるべきだ。

【判例ならい冷静判断】斎藤司龍谷大教授の話
判決は、被告が当初は殺害する目的を有していなかったとし、無期懲役を選択した。死刑を判断する際に計画性を重視するべきだとした最高裁判決にならっており、冷静な判断だ。一方、争点だった捜査段階の自白の信用性を認めたが、矛盾する客観証拠がないことを主な理由にした。認定の仕方はやや不十分だと言える。検察側は自白時の取り調べを、静止画を交えて再現したが、過去に例は少ない。こうした手法の是非は検討が必要だ。

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